◆IT業界で人生激変!-1 転職の理由は?
これから、土建業界からIT業界に、30歳二児在りで転職・起業した、私の「会社員としての経験・転職・起業など」について、運営者自身の経験・考えを書いていきます。
ご意見・ご感想をお送りいただければ、可能な範囲でお応えしますので、よろしくお願いします。

IT業界で人生激変!-1 転職の理由は?

文学部卒の私が初めて入った会社は、国内資本の大手化学企業でした。
当時は、「グループ採用」の意味も知りませんでしたが、配属されたのは、当時化学会社の中で勢いのあった「建材事業部門」でした。そして、配属されたのは、「これだけはやりたくない!」「自分には向いていない!」と考えていた、「営業部門」でした。
その会社の営業は、いわゆる「代理店営業(パートナーセールス)」で、「建材事業部門=建材の製造部門(化学会社本体)→建材の営業会社(ここに配属)→商社→代理店→設計事務所・ゼネコン・工務店→施主(エンドユーザー)」 という商流です。

 

営業とは言っても建材の販売・施工をする会社(=代理店)の営業パーソンとの「同行セールス」であり、自ら切った張ったの修羅場をくぐることはクレームの現場を除いて、殆どありませんでした。
このメーカーの「軽量気泡コンクリートパネル(ALC)」に関する営業職の仕事は、実は「代理店管理」と言われていたもので、「いかに多くの建材を いかに高く代理店に売るか」が本来の仕事です。
あくまでも私の解釈ですが、本音を言えば、「同行セールス」という形で、「自社の製品を売ってくれる代理店が、競合他社の製品を売ったり(競合他社になびいたり)しないようにウォッチする/ 代理店の営業担当者が、キチンと営業してくれるように促す」ことが仕事で、「代理店への販売の動機づけ」というようなものでした。
また、コンクリートパイル(基礎くい「遠心力コンクリート杭」)の部門に異動してからの仕事も、ALCの部門と大同小異でした。
 ・・・ALC=Autoclaved Lightweight aerated Concrete ”高温高圧蒸気養生された軽量気泡コンクリート”・・・

 

私が転職を思い立った当時、今とは大きく異なって、「転職」はまだ珍しく、
建材部門に配属された同期入社32名の中で7年経っても、転職者はゼロでした。
私が転職を本格的に考え始めるきっかけは三つありました。

 

一つ目は、給料が安い(安すぎる)こと。
これは、いわゆるメーカー(製造業)の宿命で、工場や人などの設備・労働力が必要なため、致し方の無いところもありますが、給料の安さを実感していました。
そこに、「労働組合」の役職の職場代表委員に選ばれ、他の委員たちと労働組合の合宿研修に参加し、「賃金カーブ」の講義で、当時の新日鉄(新日本製鉄=現在の「日本製鉄」)との比較で、自分の会社は同じメーカーでありながら、
「新日鉄と比べて、ずっと賃金の上昇が緩やか=給料がなかなか上がらない」ことを教えられて、深い絶望感を感じました。

 

二つ目が、閉塞感です。
それは、特にコンクリートパイルの部門で顕著に感じた、「生産性の低さ・効率の悪さを、何とも思わないようような、旧態依然そのものの体質」でした。
営業活動として、役所に名刺を「置くだけ」(役所の執務室の通路に面したカウンター上には、名刺を受け付ける箱が幾つも置かれて、業者の営業担当者がそこに名刺を入れて帰ります。)のために、往復3・4時間を要するようなことも普通でした。
それで何か営業上の効果が有るかと言えば、ほぼ皆無です。役所の土木部門の課長は、箱の中の名刺を一目みると、あとは全てゴミ箱に捨てます。要するに、「営業に来た証拠」を残すだけですが、お客様である役所の管理職は、「そういうことには、何も関心が無い」のです。
「こんな効率の悪いことをやっていて、この業界はサキが無いなあ!」と絶望しました。

 

三つ目が、外資系大手ITベンダーが出した、新聞の下段半分を使った「中途入社社員募集の求人広告」でした。
これは、妻が偶然見つけて、私に教えてくれたものでした。
この外資系大手ITベンダーは、就職の面接に際して、当時在職していた化学会社の二次面接日と、ITベンダーの初回面接日が重なったために、化学会社を選んだ経緯があり、元々興味があり、大学の先輩・後輩を通じて、給料が高いこと(基本給+インセンティブ)も、知っていました。採用公告は数ヵ月間にわたって何度か掲載され、営業職とSE職を募集するものでした。

 

最終的に、面接を経て、合格通知が届くまでに、受験から2ヵ月がかかりました。
私は、すぐにこの外資系大手ITベンダーの求人に申し込んで、一次の筆記試験を受けましたが、数ヵ月間にわたって募集していた関係か、筆記試験の合格通知はすぐ届いたものの、次の面接の連絡には数週間かかり、そこから結果の連絡までは更に時間がかかった記憶があります。
入社後、中途採用者間の噂話では、「営業職は1,000人の応募で200人・SE職は5,000人の応募で1,000人の採用」と言われていました。
この選考期間の間、建材部門の代理店営業の仕事をしながら、私は毎日毎日「合格した場合に転職するか、それともこのままの仕事を続けるか」を考えていました。

 

勿論、この2ヵ月間の間に、決断のための情報を集めていました。
この外資系大手ITベンダーを間接的に知るサークルの先輩と、現役社員であったサークルの後輩を訪ねて情報を集め、「はたして切った張ったの外資系ITベンダーのダイレクトセールス(代理店営業ではない直販営業/基本給+インセンティブ)の世界で、妻子をかかえて自分がやっていけるかどうか」を考え続けていました。
このまま、国内系大手化学会社の建材部門で、同期社員に負けない程度に営業職を続けて行く自信はありましたが、
最終的には、「給料の安さ」と「閉塞感」、特に「このままいても、この会社は何も変わらない」という「会社や業界に対する、閉塞感・無力感」が、強く私の背中を推しました。